京浜急行旧1000形は昭和33年から53年まで長期に及び製造された車両。デハ1001-デハ1048までは流線型の非貫通で製造された。1959年から1960年に製造されたBグループである。当初は前面2枚窓。アンチクライマーに痕跡がみられる。京浜急行では全廃。唯一残るのは高松琴平電鉄に譲受された琴電1080形のみである。

共同石油の看板が懐かしい。
この写真素晴らしくないですか?路面電車チックな電線(電線というか一般的に)
 
踏切内の舗装もきれいにしてあり、警報器遮断桿閃光灯も比較的新しいことを見ると、3種か4種踏切から1種踏切にされたのでしょうね。
それはともかく。6600V電灯動力線、き電線をいったん海側に振ってある当たり、当時第3種?踏切の当時、技術屋さんは考えたもんですね。DC1500の吊架線を引き留める金具類、架線を引き留めるガイシ、誘導線(誘導式列車無線)の振り方凄いですね。ここもあと10年くらいで踏切がなくなるとか。


浦賀方 1013号車 品川を望む 八ツ山橋のたもと。
はて、ごにょごにょした通信ケーブルはどこへやら???わたしが撮影しているあたりで、立ち上がっているんでしょうね。踏切内は配管で通って。

品川方 1016号車 北品川-品川間にて
 まだ密自連のころ。アンチクライマーの上から3本目が欠けているのがわかるだろうか。これが流線型の非貫通だった証拠である。なぜこういう形になったのかは不明です。

編成表

浦賀        品川

1013+1014+1015+1016
時期不明