京王5000系は2000系列に続く車両として誕生しました。旧性能の5100形と新性能の5000形とがいたようですが、特に区別することなく混結して走っていたようです。(小田急の場合は過去に4000系と1800系を連結した際競合脱線を起こし、その反省から異なる性能の車両との混結はしていませんでした。)この5000系ははじめてアイボリーとエンジの帯・それにパノラミックウインドーを前面に採用し、のちには冷房化も始め、京王では「名車」と呼ばれる車両でした。この車両も車両の大型化と老朽化に伴い、廃車となりましたが、18m車と相まって全国各地から引き取り手があり、京王重機で改造され台車を履き替え、一畑電鉄・伊予鉄道・琴電・富士急・銚子電鉄(伊予鉄からの譲渡)で第二の人生第三の人生を送っています。
1990年頃 橋本駅にて

 

1990年頃 橋本駅にて
聖蹟桜ヶ丘に行ったときに乗車した記憶があります。